当社では墓石への文字彫刻を、一般的な機械吹付けではなく、ノミ刃による完全手彫り作業にて行っています。
熟練した職人が数日かかりきりになり、じっくりと時間をかけて彫り上げる丁寧な仕上がりは、繊細で美しく、耐久性にも優れています。 手彫りには人の手を通した独特の暖かみや味わいがあります。 是非とも一度、実物を御覧になって下さい。
ごく一般的な石材への字彫りは、その製作過程から「機械吹き付け」「サンドブラスト」と呼ばれます。
ゴム板から文字を切り抜いて石に張り付け、その上から鉄砂を圧縮空気を使って高圧で吹き付けると、鉄砂の当たる衝撃でゴムのない部分が削られていきます(図1)。
吹き付け彫刻はその製作工程上の制約から、基本的に一種類の仕上げ方になりますが、ノミ刃による手彫り仕上の方法には様々なバリエーションがあります。そのうちのごく一部についてご紹介します。
墓石正面の大きな文字を彫るときによく使います。力強くメリハリがきいた表現ができます。
お皿の断面のように丸く仕上げます。彫刻する文字全体に柔らかい印象を出したいときに向いています。
V字形の溝を持つ漢方の製薬器具から名を取った彫り方です。繊細で味のある、奥深い表現ができる彫り方で、現在では建年号や戒名など細かい文字を彫り込む際によく使われます。
ビシャンと呼ばれる細かい刃を敷き詰めたノミを当てて、字の周りを平らに削り下げ字を浮き立たせます。梨地彫りとも呼ばれますが、これは削り下げた石肌のザラザラした感触からの連想です。碑題や家紋をよくこの浮かし彫りにします。
手彫りと吹き付け彫刻との仕上げの違いを見てみましょう。
図2は、それぞれの方法で彫刻を行った場合の文字の断面です。
吹き付け彫刻では、断面が「C」の形になることが特徴です。これは吹き付けを行う際に、鉄砂が底面だけでなく、跳ね返って側面にも当たることによるものです。そのため、切り口部分Aが尖って欠けやすい状態になります。また、Bのように厚みが薄い部分も構造的に弱く、お墓を建て上げて数年もせずに、このB部分に穴があいたり、C部分がまるまる折り取れてしまう場合もあります。
また吹付け彫刻では、鉄砂の粒を吹き付ける衝撃で彫刻するため、ノミの鋭い刃先を使う場合に比べて、仕上げ面が滑らかではなく凹凸の大きい状態になります。断面が丸く凹凸が多いと、字彫り部分に水がたまって汚れが付着しやすくなります (図3)。
改めて両者の違いを写真で見比べてみます。
写真(1)が吹き付け彫刻、(2)が手彫りになります。
吹き付け彫刻のほうが全体的に大味で、キレと繊細さを欠く印象になっています。
文字が細かくなる中央部分には、細長い岩山のようになっていて構造的に脆く、いつ欠けてもおかしくないと思われる箇所もあります。字の底に凹凸のポケットが多いため、汚れが溜まりやすくなっています。昔の手彫りを知る職人には、「吹き付けは字彫りというよりも穴掘り」と言う者もいます。
これに対して手彫りでは、筆の感触が先端の細かいところまで表現されます。
深浅の彫り分けが文字の勢いを表現するとともに、構造的に弱い箇所を作らない工夫にもなっています。底面に付いているノミ刃の跡が、字の流れを感じさせます。滑らかな仕上がりが水や汚れを溜まりづらくしています。両者の仕上がりの違いは、少し見なれてしまえば誰でも判別できるくらいに歴然としています。
なお、機械彫りで大まかに彫った後、底部分だけをノミの手彫りで仕上げる「サライ」と呼ばれる折衷的な仕上げ方法もあります。
和紙に書家が文字を書き、その紙を石に糊で貼り付けて、紙の上から職人が文字を彫り上げていきます。その昔は、書家が直接に石材に字を書き、それを石職人が彫り上げるという、腕自慢の一発勝負みたいな方法もあったそうです。
彫刻作業には、ニューマあるいは電動チッパーと呼ばれる石材彫刻用の機械を使います。
ニューマ後部から出ているチューブをコンプレッサー(空気圧縮機)につなぎ、ハンドルを握ると、ニューマに圧縮空気が流れ込んできます。すると、先端に差し込んだノミが空気圧で押し出され、出たり入ったりと激しく振動します。この振動するノミの刃先を石に当てて彫刻を行います。彫る箇所や仕上げに応じてノミ先を差し替えます。
様々な条件において手彫りは苦しい立場にあります。手彫りでは、熟練した職人が数日から一週間をかけて一基分を彫り上げますが、吹付け彫刻の場合、さほどの習熟がなくとも短時間で仕上げることが可能です。採算と効率の観点から見れば、手彫りは吹付け彫刻に太刀打ちできません。職人の後継者難もあって、手作業による字彫りは、今まさに失われつつある技術と言っても過言ではないでしょう。
当社はその中においても、なんとか手彫り仕上げの美しさを残していくべく努力を重ねています。
手彫り仕上げが、必ずしもあらゆる場合において機械彫刻より優れているとは限りません。幾何学的に精確な彫りが求められる場合には、むしろ機械彫刻が向いています。原稿となる文字によっては、ノミで彫るよりも機械で彫刻するほうが、元の文字のイメージをより忠実に再現できる場合もあります。写真を石に彫りつける方法など、手彫りでは決してできない技術も現れてきました。
手彫りによる字彫りを伝統的な技術として継承しつつ、新しい石彫技術も取り入れて、よりよい石彫りの表現法を作り上げていく。これが今後の石彫りの課題だと私は考えています。