木槿咲て 繪師の家問ふ 三嶋前
元三島神社は、蒙古襲来(弘安の役1281)で河野通久の孫の河野通有は、九州へ出兵、勝利して上野山へ帰り、 愛媛県大三島の大山祇神社を上野山の河野館に勧請した三島神社が縁起です。
江戸時代、三島神社は上野山が幕府の御用地となったため、浅草小揚町(現、蔵前4)に移転しますが、社が遠くになってしまった氏子の要望により現在の地に元三島神社が建てられました。
句碑は、鳥居脇の境内にあり「木槿咲て 絵師の家問ふ 三嶋前」と刻まれています。
【解説】
愛媛県大三島にこの神社の総社があることから子規没後百年記念として松山俳句協会から寄贈された句碑。
【所在】
東京都台東区根岸1-7-11
【背面碑文】
平成十三年三月吉日
正岡子規没後百年祭記念
松山俳句協会建立
台東区俳句人連盟協力
JR鶯谷駅北口改札口を出て直ぐ右手の寿司屋の横を入ると直ぐ。
掲載されている正岡子規の句碑は、全て白田石材店で施工させていただきました。 ※正岡子規の句碑は、台東区内に現在15句碑あります。当サイトに掲載されていない情報は下記をご参照ください。
正岡子規句碑文学散歩(上野観光連盟サイトより) 正岡子規について(上野観光連盟サイトより)